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マルコ受難曲とは何か
一般的解説と「カイザーのマルコ受難曲」

Reinhard Keiser(ラインハルト・カイザー): St Mark Passion / Markus-Passion(マルコ受難曲)

はじめに

「マルコ受難曲」とは何か。四福音書のなかでマルコの受難記事はどんな位置を占め、それを音楽にするとどんな性格を帯びるのか。そこから話を起こし、バッハとの関わりで名が残る「カイザーのマルコ受難曲」に入っていく。


第一部 マルコ受難曲 — 一般的解説

1. そもそも「受難」とは

「受難(Passion / ラテン語 passio = 苦しみを受けること)」は、イエス・キリスト生涯最後の数日を指す言葉だ。最後の晩餐に始まり、ゲツセマネでの逮捕・裁判・鞭打ち、十字架への道行き、磔刑、死、そして埋葬まで。福音書のなかでこの部分だけが独立した塊として扱われ、教会暦でも受難週(聖週間)に朗読される。

「受難曲」は、この福音書の受難記事を典礼朗読の延長として音楽化したものに起源を持つ。もともと聖週間には受難記事を歌で読み上げる慣習があり、物語を語る福音記者(Evangelist)の声、イエスの言葉、そして「十字架につけよ」などを叫ぶ群衆(turba)――この三者を声の高さや配役で歌い分ける形が、中世末からルネサンスにかけて固まった。そこから多声のモテット受難曲が生まれ、さらにアリアやコラールを挿入したオラトリオ受難曲、バッハの『マタイ』『ヨハネ』へと発展していく。

福音書は四つあり、受難記事も四つある。伝統的な聖週間の朗読配分は、

というのがおおよその割り当てだった。「マルコ受難曲」とは、マルコによる福音書の受難記事を土台にした受難曲を指す。

2. マルコによる福音書とは

マルコによる福音書は、四福音書のうちもっとも古く(おおよそ紀元65〜70年頃の成立とされる)、もっとも短い。伝統的にペトロの同伴者「(ヨハネ・)マルコ」の記録と結びつけられてきた書でもある。マタイとルカはこのマルコを下敷きに書かれた、というのが今日の通説(マルコ優先説/二資料仮説)で、物語の骨格を最初に組んだ福音書と言っていい。文体は速い。「すぐに(εὐθύς / euthys)」という語を多用して場面を畳みかけ、神学的な説明や長い説教はほとんどなく、行動と出来事だけで進んでいく。

マルコ福音書の重心は受難にある。神学者ケーラーの有名な言い方を借りれば、マルコ福音書は「長い序文のついた受難物語」とすら呼ばれる。前半ずっと「イエスが何者か」が隠され(いわゆるメシアの秘密)、その答えが十字架の場面で初めて、しかも異邦人の百人隊長の口から「まことにこの人は神の子だった」(15:39)と明かされる——この構造のクライマックスが受難なのである。

3. テキスト:マタイ・ヨハネと比べてどう違うか

受難曲の「台本」として読むと、マルコの記事にはいくつか際立った特徴がある。

(a) とにかく短く、そっけない

マルコの受難記事(14〜15章)は四福音書で最も簡潔。会話も説明も削ぎ落とされ、出来事が乾いた筆致で連なる。装飾の少ない、むき出しの叙述が基調になる。

(b) 十字架上のイエスの言葉が「ただ一つ」

ここが台本上いちばん効く差。

四福音書を合わせると「十字架上の七つの言葉」になるが、マルコ単独では、最後の言葉は"見捨てられた"という絶叫一つ。受難曲としては、慰めや赦しの言葉ではなく、孤独と暗闇でクライマックスを迎える。

(c) イエスがほぼ沈黙する

裁判でもマルコのイエスは多くを語らない。雄弁な弁明や反論がない分、福音記者の語りと群衆の叫びが前景に出る。

(d) マタイとの違い(マタイはマルコを増補している)

マタイはマルコを下敷きに、多くの場面を足している。ユダの後悔と死、ピラトの手洗い、ピラトの妻の夢、墓を破って現れる聖徒たち、墓の番兵――旧約の成就を示す引用も多い。マルコにはこうしたドラマチックな挿話がなく、そのぶんより裸の物語になっている。

(e) ヨハネとの違い(性格が正反対)

ヨハネの受難は勝利と主権の神学で貫かれる。イエスは終始、出来事を支配する側にいる。「私である(エゴー・エイミ)」と名乗れば兵士たちは地に倒れ、自ら十字架を背負い、「成し遂げられた」と、完成として死ぬ。見捨ての叫びはない。対してマルコが描くのは、神に見捨てられ、暗闇のなかで絶叫して死ぬ、苦しむ人間イエスだ。受難曲の感情の方向は、ヨハネが荘厳・王的、マルコが荒涼・孤独と、真逆になる。

(f) マルコ固有の細部

マルコにしかない細部もある。逮捕の場面で亜麻布を脱ぎ捨てて裸で逃げる若者(14:51-52)、そして「アッバ、父よ」(14:36)といったアラム語の生々しい引用だ。

4. 音楽:マタイ・ヨハネの受難曲とどう変化しやすいか

テキストの上記の性格が、そのまま作曲上の傾向に響く。

(a) 挿入詩(アリア・コラール)の比重が相対的に大きくなりやすい

マルコの聖句は短くそっけない。これだけでは大規模なオラトリオの尺と情感を支えきれない。だから、黙想的なアリアや自由詩、コラールを挿入して膨らませるか、逆に短さ・簡素さをそのまま生かして引き締まった禁欲的な作品にするか——どちらかに振れやすい。マルコ単独では福音書本文という「素材」が薄いぶん、作曲家や台本作者の解釈余地は大きいと言える。

(b) 全体の情感が「荒涼・受苦・暗闇」に傾きやすい

最後の言葉が見捨ての絶叫であり、慰めの言葉がない。和解や勝利でなく、孤独と暗黒で頂点を作るのが自然で、ヨハネ受難曲のような荘厳・王的なトーンより、内省的で重い色調になりやすい。

(c) 群衆合唱(turba)はあるが、より簡潔

「十字架につけよ(Σταύρωσον)」などの群衆場面はマルコにもあるが、マタイ・ヨハネに比べ台詞が短く、畳みかけるため、群衆合唱も短く鋭い断片として書かれやすい。

(d) クライマックスの置き方

マタイやヨハネは死の前後に大きな反省・荘厳化の山を持つ。マルコはそれとは違う。「見捨ての叫び→絶命→神殿の幕の裂け→百人隊長の告白」という、暗から反転への一筆書きのドラマだ。なかでも百人隊長の「まことにこの人は神の子だった」は福音書全体の秘密が解ける一点であり、マルコ受難曲では最後の認識・告白の瞬間として音楽的にも要になりやすい。

(e) 歴史的に見たマルコ受難曲の希少性

四つの福音書のうち、マルコを基にした受難曲は数が少ない。理由は上記のとおりで、テキストが短く台本化に手間がかかるからだ。代表例はふたつ。バッハの『マルコ受難曲』(BWV 247, 1731)は音楽そのものが散逸し、他作品からのパロディで再構成される"失われた受難曲"として知られる。20世紀以降ではゴリホフ『マルコ受難曲(La Pasión según San Marcos)』(2000)があり、ラテンアメリカ/アフロ系の語法による現代の有名なマルコ受難曲だ。

一般論のまとめ

マルコ受難曲とは、四福音書のなかで最も古く、短く、そっけない受難記事を基盤とする受難曲だ。クライマックスに据えるのは慰めや勝利ではなく、「神に見捨てられた孤独な死」と、その直後に訪れる「神の子」という認識の反転である。テキストが簡素なぶん、音楽は禁欲的な簡潔さに振れるか、挿入詩による黙想的な拡張に振れるか、この二方向のどちらかに寄りやすい。ここがマタイやヨハネとの最大の違いだ。


第二部 「カイザーのマルコ受難曲」解説

ここまで見てきたマルコ受難曲の一般的性格を、そのまま体現する一作がこの作品だ。現代では演奏機会の多い曲ではない。それでも名が残っているのは、バッハ自身が演奏資料として手を加えて上演し、バッハの音楽にも影響を与えたと推察されるからである。慣例上の作曲者は、ハンブルクのオペラ作曲家ラインハルト・カイザー(Reinhard Keiser, 1674–1739)とされる(ただし帰属は不確実。後述する)。

1. どういう作品か

ドイツ語によるオラトリオ受難曲で、マルコ福音書の受難記事(ルター訳ドイツ語)を物語の幹とし、そこにコラールと自由詩のアリアを挿入した、18世紀初頭・北ドイツ/ハンブルク様式の作品。成立はおおむね1700年代初頭(1705〜1712年あたり)とされる。

第一部で見た区分に当てはめれば、これは「マルコの短く素っ気ない聖句を、コラールとアリアの黙想で膨らませる」方向の典型例だ。福音記者のレチタティーヴォによる語り、群衆合唱(turba)、簡素なコラール、そして黙想的アリア。バッハの大作『マタイ』『ヨハネ』以前の、より小規模で親密な旧型のオラトリオ受難曲の姿を、そのままとどめている。

2. なぜ名が残るか(「バッハが演奏した受難曲」)

この作品が今日まで知られるのは、J.S.バッハが繰り返し演奏・改訂したことによる。自作ではなく他人の作品をバッハが上演用に手を入れた資料として伝わっている点が特異である。

おおよそ三段階の経緯が知られている。ヴァイマル期(1713年頃)にバッハが初めて取り上げたとされ、ライプツィヒでは1726年の聖金曜日に、バッハ自身の手で楽章を加えるなどして上演された。さらに後年の1740年代には、ヘンデルの『ブロッケス受難曲』のアリアを差し込んだパスティッチョ(寄せ集め)版が作られ、マルコ+ヘンデルという混成体になっている。

楽譜はバッハ周辺の筆写譜の形で残っており、「バッハ作品ではないがバッハ演奏資料」として重要視されている(BWVには正規番号を持たず、付録・偽作圏で扱われる)。

3. 作者問題(本当に「カイザー」か)

「カイザー」とは、ハンブルクのオペラ作曲家ラインハルト・カイザー(Reinhard Keiser, 1674–1739)を指す、というのが慣例的な帰属である。しかし作者は確実ではない

作品は複数の写本でほぼ匿名のまま伝わっており、「カイザー作」という帰属自体、一部の伝承に基づくにすぎない。近年の研究ではこの帰属が疑問視されており、フリードリヒ・ニコラウス・ブルーンス(Bruhns)ら別人を想定する説や、ラインハルトの父ゴットフリート・カイザー説など、諸説が出ている状況だ。

「カイザーのマルコ受難曲」という呼び名は、確証された作者名というより、慣用的なラベルと理解しておくほうが実情に近い。

4. 音楽の性格

第一部で挙げた「マルコ受難曲が振れやすい二方向」のうち、この作品は明確に簡素・親密な側にある。

規模は小さく、編成も軽い。バッハの両受難曲のような壮大な二重合唱や大アリアの応酬はなく、こぢんまりとした上演に向いている。物語はレチタティーヴォ主導の語りで進み、合唱はコラールと短い群衆場面が中心だ。アリアも技巧を誇示するタイプではなく、黙想・哀歌的な性格が強い。マルコの聖句どおり、十字架上の言葉は「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか(Mein Gott, mein Gott, warum hast du mich verlassen)」の一つに絞られており、慰めや勝利ではなく受苦と孤独で頂点が作られる。福音書全体の鍵である百人隊長の告白も、クライマックスの要になっている。

5. まとめ

「カイザーのマルコ受難曲」とは、マルコ福音書を基盤とする18世紀初頭・北ドイツ型のオラトリオ受難曲である。作者帰属は不確実で、慣例として「カイザー」と呼ばれているにすぎない。それでもバッハが演奏・改訂した資料であるために歴史的に重要であり、音楽的には簡素で親密、黙想的な、マルコらしい荒涼と受苦の色調を備えている。第一部で見た一般論でいう、「マルコの短いテキストを、過剰に荘厳化せず、コラールと黙想アリアで静かに支える」タイプの一例にあたる作品だ。